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むかしの城下町めぐり【幕末明治】

≪歴史散策コース≫
所要時間:約1時間(徒歩の場合)+見学時間

旧町名の石碑を辿りながら福井城下を巡るコース。

ウェルカムセンター(福井市観光案内所)

【徒歩】5分(約0.4km)

福井城址

photo 徳川家康のニ男・初代福井藩主・結城秀康が慶長11年(1606)に築城し、約270年間17代にわたり越前松平家の繁栄の舞台となった名城です。

築城当時は高さ約37m、四重五階の雄大な天守閣と幾重もの堀をもっていたといわれます。

現在では石垣と堀の一部だけが残されています。

また福井市の名の起こりといわれる「福の井」と呼ばれる井戸跡が天守台下にあります。

【徒歩】8分(約0.6km)

旧柳町石碑

photo 江戸時代の町名で、この町の東側に福井城の柳門があったことが、町名の由来と 考えられている。
慶長17年(1612)頃のものとされる「北庄四ツ割図」には、すでに町名の記載があり、城下町形成の当初から町割が 江戸時代中期には、弘法大師作と伝えのある弁財天像を安置する「弁財天堂」が置かれるようになり、 多くの信仰を集めていたが、戦災により焼失し、跡地には祠がまつられている。

【徒歩】4分(約0.3km)

旧長者町石碑

photo 近世の城下町の町名であり、慶長年間に描かれた「北庄(きたのしょう)四ツ割図 」にも見え、城下町で最も古い町の一つである。
南には、柴田勝家による一乗谷からの引越しによってできたといわれる「一乗町」が在り、この界隈を中心に城下町が 成立していったことが窺われる。
四ツ割図では、長者町の1軒当たりの敷地が他の町に比して際立って大きく描かれている。 有力な町人の居住が推定され、これが町名の由来となったと考えられる。

【徒歩】2分(約0.1km)

旧一乗町石碑

photo 戦国時代末の天正13年(1585)の古文書にその名がみえる城下町で最も古い町名であり、 柴田勝家が朝倉氏の本拠地の一乗谷から住民を移住させてつくった町といわれる。
また、現在の片町通りと呉服町通りとを結ぶ道路の区画は、江戸時代の町割をほぼ残している。
北から順に、柳町(現「さくら通り」)、紺屋町、板屋町、長者町、一乗町、魚町、大黒町、伝馬町、米町、本町(現「本町・明里線」)の各町が割付けられていた。

【徒歩】4分(約0.3km)

旧塩町石碑

photo 江戸時代の町名で、古くから塩問屋や塩商などの商人が集まったことに由来する。
このような職人町、商人町は城下町特有であるが明治7年に照手中町に編成されて消滅した。塩荷は材木などとともに足羽川の船着場(木町川戸)から荷揚げされたと思われる。
嘉永7年(1854)6月13日朝、塩町の鍛冶屋から出火し、福井城下の3分の2を焼く大火となった。これにより家屋2,264軒、足軽も含めた藩士の屋敷421軒、寺49軒を焼失し「塩町焼き」として語り継がれた。

【徒歩】2分(約0.1km)

旧山町石碑

photo 山町(照手1丁目)は、天正3年(1575)構築した北の庄の城下町に、 一乗谷から移住した人達によってつくられたまちといわれる。
この山町に幕末の頃、莨屋旅館という相当に由緒のある旅館があり、土佐藩浪士・坂本龍馬が慶応3年(1867) 11月2日に福井藩士・三岡八郎(後の由利公正)と、夜更けまで日本の将来を語り合った。 この莨屋旅館は明治35年(1902)の大火で消失した。

【徒歩】3分(約0.2km)

福井藩十二カ月年中行事絵巻

江戸時代福井城下の月ごとの代表的行事や風物を、軽快な筆致で描いたもので、そのほとんどの行事が廃絶した今日となっては、きわめて貴重な資料です。筆者は不詳ですが、「松平文庫」に蔵する「越前国名蹟考」原本の挿絵と、構図・筆致とも酷似したものが含まれていることから、福井藩居合の師範家で狂画を得意とした高畠夢蝶の筆ではないかと推定されます。
「正月十四日桜門前馬威しの図」、「二月廿日三保嶋祭礼の図」、「三月 九十九橋桃花の図」、「四月 足羽川筏流しの図」、「五月 菖蒲打の図」、「六月 祇園祭りの図」、「七月 盆踊りの図」、「八月 鮎梁落の図」、「九月 加茂山坂鳥の図」、「十月 護摩堂紅葉の図」、「十一月 献上寒鱈早駈の図」、「十二月 舟橋雪景の図」
「福井藩十二ヵ月年中行事絵巻」
(福井市)

【徒歩】4分(約0.3km)

九十九橋

photo 古くは北ノ庄大橋などと呼ばれ、勝家が北ノ庄城主となってから南側を石造り、北側 を木造りで架け替えた。半石半木の奇橋として全国的に有名な橋であった。明治42年の架け替えまで330年間存続。

【徒歩】4分(約0.3km)

旧浜町石碑

photo 江戸時代の町名で、足羽川に面していることから生じた地名と考えられている。
福井の城下町は足羽川の水運が重要な役割を果たしており、浜町河戸(こうど:船の発着所)が設けられていた。 また、河原では芝居興行がなされるなど城下の繁華街であった。 時鐘櫓(じしょうろう:時を告げる金を鳴らした楼閣)が設けられ、下の古写真(明治初年撮影)が残されている。
また、笠原白翁による種痘の普及活動は嘉永2年(1849)この町で開始された。

【徒歩】11分(約0.8km)

ウェルカムセンター(福井市観光案内所)

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